ソニーの取締役改革、コーポレイトガバナンスへの取り組みに関するメモ

(1) 1997年 ソニーは「執行役員」制を導入

・当時の日本の商法は、企業の取締役会に「業務の執行」と「その監督」という、ふたつの相対立する機能を担わせていた。その矛盾を解消するため、ソニーは「業務の執行」を担当する職務を「執行役員」と命名し、取締役のそれと明確に分けた。これによって、取締役会は「経営の意思決定」と「業務の執行の監督」という機能を受け持ち、「業務の執行」は執行役員が受け持つことになった。つまり、執行役員制の導入によって、ソニーは二つの機能の分担化を明確にしたのである。

 その結果、執行役員制導入前に38名いた取締役は、代表権を持つ副社長以上の7名と社外取締役3名の合計10名に激減した。その他の取締役は一度退任したのち18名が執行役員に選任され、残りの11名は子会社や関連企業などの役員に転出していった。執行役員の総数は、新任された9名を加えて34名となった。
 取締役数が激減したことを捉え、「役員のリストラ」などと書き立てる雑誌メディアもあったが、全般的には「取締役会、米国型」とか「経営機構を米国流に」といったコーポレイトガバナンスの視点から論評したメディアが多かった。

 ソニーは日本企業で最初に「執行役員制」を導入した企業になり、社会の耳目を集めた。その後、多くの日本企業がソニーに続いた。

 当時会長だった大賀典雄氏は、私に執行役員制導入の意図をこう説明した。
「現在、ソニーグループの従業員は16万人いますが、日本人は3分の1に過ぎません。しかも私より給料が高い人が何十人もいる。そういう企業群になったソニーを、どうやって経営していくかを考えたとき、昔からの取締役会でいいのかという問題が出てきた。40人もの取締役がいると、取締役会で本当のディスカスができない。どうしても議長の一方通行になってしまう」

 しかし同氏に大賀氏は、こう念押しすることも忘れなかった。
「社外の方が(取締役会に)多数加わって下さるのは、コーポレイトガバナンスのうえで大事だと思います。が、過半数を占めて会社の方向まで決めてしまうのは、我々のビジネス社会に適したやり方ではない」

 当時の社長、出井伸之氏も大賀氏と同じ考えだった。米国ではGEのように社内取締役が会長(CEO)1人のケースもあるし、社内取締役の占める割合が全体の3分の1以下の場合も珍しくなかった。そうした米国式に対し、あくまでも一線を画くそうという意識が、大賀・出井両氏には強かったように記憶している。

 大賀氏はまた、取締役と執行役員には上下の関係はなく、職責が違うだけで対等だという旨も強調した。だから、取締役を退いて執行役員に就任する経営幹部たちに対し非常に気を遣った。とくに家庭で、妻や家族から「降格されたのではないか」と誤解されるのを避けるため、家族に宛てた手紙までしたためたほどである。そこには、執行役員になっても取締役時代と何ら待遇は変わらないこと、秘書や役員室、ハイヤーもそのままであることなど事細かな説明がなされていた。

 なお、当時の私には「取締役会の改革」のイメージが強く、コーポレイトガバナンスの強化の一貫という理解は薄かった。あくまでも「執行側」を経営陣と執行幹部に分けたという理解だった。大賀氏は執行役員のメリットのひとつに株主代表訴訟の対象にならないことや、今後のサラリーマンの出世の最終目標は取締役ではなく執行役員にあると強調していたことが印象的だった。

(2) 他の一連の改革

・1998年:報酬委員会、指名委員会の設置、グループ役員の導入。
・2000年:取締役としての役位廃止、取締役会議長の設置、コーポレート・リサーチフェロー(研究職の最高位)の設置

(3) 2003年、前年の商法改正に基づき、「委員会等設置会社」に移行。

 委員会等設置会社とは、従来の監査役制度に代わって社外取締役を中心とした「指名委員会」「報酬委員会」「監査委員会」の三委員会が株主の利益擁護の立場から厳正な経営の「監督」を目指した制度である。ちなみに、各委員会は3名以上の取締役(ソニーは指名委員会を5名以上とした)で構成されるとともに社外取締役過半数を占めるため、外部からの厳しいチェック機能が期待された。

 しかしソニーでは、社外取締役が全取締役の過半数を占めることはなかった。全取締役17名のうち社内取締役は9名で過半数を押さえ、あくまでも会社の方針は自分たち(執行側)で決めるという従来の方針を踏襲した。
 
 この時の取締役会改革で、私にはどうしても理解できないことがあった。それは、ソニーが改正商法に従い「執行役」を設置したことである。しかも従来の執行役員制を廃止しないまま、そのうえ両者の関係、役割分担を明確にしないまま併存させたため、執行側の指揮命令系統が曖昧にされたことである。

 ソニーは公式には《取締役会の執行からの独立性を確保するため(中略)、取締役会議長と執行トップ(代表執行役)の分離を制度化し》、代表執行役には代表取締役が就任すると発表しただけで、両者の機能や役割の違いなどについて、詳細に説明することはなかった。その後、執行役員の名称は「業務執行役員」に改められた。

 当時、法務担当役員だった真粼氏は招かれたセミナーで執行役と執行役員の関係について、役割も機能も明確に違うと主張したものの、オペレーション上の具体的な違いのt説明はなかった。ただ真粼氏がいの一番に指摘したのは、ソニーでは「執行役員=使用人」であるとしたことだ。つまり、執行役員制導入当時の会長の大賀氏や社長の出井氏が、執行役員と取締役には上下の関係はなく、担う役割が違うだけで同等の存在であると説明した経緯を考えるなら、委員会等設置会社の導入を契機に執行役員(業務執行役員)は事実上の「降格」である。

 では「降格」してまでも、執行役員制を残した理由は何か。
 
 最終的に私の素朴な質問に正面から答えたのは、当時のCEO室長。
「執行役も業務執行役員も、その役割は業務の執行という意味では同じです。出井たちはいろいろ言いますが、要するに同じだと理解してください」

 では執行役の12名と業務執行役員38名は、実際の執行において、どこで違いが出てくるのか。それは、執行役が日常のオペレーションの課題を含む様々な執行上の問題を討議(執行役会)し、施策を決定し、それに基づいて業務執行役員は執行にあたることだ。そしてその施策は、取締役を兼ねる執行役が、社外取締役が出席する取締役会で合意を得たものである。

 しかし経営を「監督」と「執行」に分離し、具体的には取締役と執行役員という二つの役職に分割することでコーポレイトガバナンスを担保するはずなのに、また取締役会での討議や協議を活発化させるために導入されたはずの執行役員制は、委員会等設置会社では執行役と共存させられることによって、取締役会をたんなる「承認の場」と化する道具にされたのではないかと思う。

 つまり、取締役(社外も含む)の選任は実質的には執行側の専権事項であり、執行側が気に入った人物を選ぶことができる。しかも日本には「社外取締役」を担う人材の市場がない。例えば、ソニーの役員だった人物がパナソニックの役員を務めることなど考えられない。また、いったんソニーに在籍すれば、ソニー社外取締役の資格はない。エレクトロニクス事業に通じた、事業を経験した役員クラスを社外取締役として迎え入れる余地は我が国では法的にも企業風土としてもないのだ。

 それに対し、例えば、米国。
 フォードの社長を務めたアイアコッカーがライバルのクライスラーの社長に転じたからといって非難されることはなかったし、同業他社への転職は日常茶飯事である。他方、日本では役員経験者でなくても幹部クラスでも、同業他社への転職を良しとしない風土があるし、幹部クラスには退職の際に何年間は同業他社に転職しない旨の一筆を求める企業も少なくない。社外取締役といえども、同様である。トヨタ自動車の役員OBが日産やホンダの社外取締役を務めることは、考えられない。

 それゆえ、2003年の委員会等設置会社に移行したさい、ソニーの8名の社外取締役も取締役会議長の中谷厳氏(元一橋大教授、当時は多摩大学学長)や河野博文氏(経産省OB、官僚)らビジネスに関係ないか、岡田明重氏(三井住友銀行会長)やカルロス・ゴーン氏(日産自動車社長兼CEO)などエレクトロニクス事業とは関係のない他業界からの出身者で占められていた。

 ※社外取締役の「独立性」を担保するものとして、ソニーの法務担当役員だった真粼氏は「同業他社の役員だった人物などを否定」している→彼のいう「独立性」=無関係となるなら、どうガバナンスするのかが疑問。この段階では、執行側がメインで取締役会をその補助程度にしか考えていないのではないかという気がする。

 他の産業界からの家電業界や家電製品に対する新たな視点での意見を求めることは出来ても、執行側とソニー固有のエレクトロニクス事業について討議を深めることはあまり期待できそうにもない。逆に、執行側が監督側を支配する、もっと言うなら、社外取締役さえ抑えれば、CEOが独裁体制を敷くことも容易なのである。

(4)2005年:ソニーのコーポレイトガバナンスは大きな転機を迎える。

 業績不振の責任を問われて、会長兼CEOの出井伸之氏と社長の安藤国威氏の二人が辞任するとともに、社内取締役も全員が退任したのである。それにともない、取締役会は社外取締役過半数を占めることになり、それまでの方針を大きく方向転換。このとき、社外取締役では中谷氏とゴーン氏が出井批判の急先鋒で、出井氏の会長兼CEO辞任は事実上の「解任」だったのではないかと思っている。

 2005年の経営刷新で、社内取締役は、会長兼CEOに就任したハワード・ストリンガー氏と社長の中鉢良治氏、副社長兼CFO最高財務責任者)の井原勝美氏の3名と激減した。それに対し、社外取締役は9名で取締役会の主導権を握ることになった。しかも社外取締役に、エレクトロニクス事業に通じた人材がひとりもいない状態には何ら変わりはなかった。

 なぜ従来の方針を変えたのか。のちに出井氏は、私にこう説明した。
「CEOと副社長など執行側の他の役員が取締役会で違う意見を言ったり、意見が激しく対立したら、(社外)取締役に執行側が何かまとまっていないように見えるじゃない。それはマズくて、執行側の意思がまとまっていないと向こうを説得できないんだよ」

 不思議である。
 執行役員制の導入にしろ委員会等設置会社への移行にしろ、取締役会の活性化、つまり経営の「管理」と「執行」の分離、そのための活発な討議が取締役会に期待されたものである。意見が異なるからこそ、実りある討議が可能になる。

 しかしCEOの経営責任を激しく追及する社外取締役、それに呼応した社内取締役の取締役会での発言が会長、社長の同時辞任という現実をもたらした以上、建前ばかりは言っておられないということなのかも知れない。実際、会長兼CEOに就任したストリンガー氏の社外取締役対策は万全に見えた。

 まず腹心のニコール・セリグマン氏(法務担当役員)を取締役会事務局長に就け、社外取締役との「良好な関係」の維持に神経を使った。さらに、社外取締役の選任は執行側の専権事項であることも、ストリンガー氏にとっては好都合であった。彼は個人的に親しい外国人を社外取締役に選任した。

 取締役会は年に10回程度開催されるが、会議に必要な資料はセリグマン氏の指示のもとエレクトロニクス事業に理解の薄い社外取締役に負荷がかかりすぎないようにとシンプルにまとめられている。疑問が生じても、執行側からの専門用語で理路整然と説明されれば、それ以上の追求は難しい。なにしろ専門外のことゆえ、しかも手持ちに十分な材料がないのだから。

 取締役会以外でも、社外取締役に対する配慮は十分に行き届いている。ソニーがスポンサーを務める「ハワイ・オープン」には、夫婦で招待する。往復ファーストクラスで滞在は一流ホテル、リムジンでの移動、一週間近くゴルフ三昧のバカンス。ニューヨークなどでイベントがあれば、それにも夫婦で招待する。至れり尽くせりである。それで、報酬は1千万円は下らない。

 社外取締役の中でもストリンガー氏の最大の理解者で支持者なのは、取締役会議長の小林陽太郎氏(富士ゼロックス元会長)である。もちろん、ストリンガー氏からの信任も格別厚い。例えば、社外取締役の在任が長期に及ぶと執行側との馴れ合いや不適切な関係などが生じることを懸念し、内規ではあるが、社外取締役の任期(再選回数)は6年と決められていた。

 その内規に小林氏が抵触した09年、ストリンガー氏は内規を6年から10年に変更して小林氏を留任させた。その時は、ストリンガー氏が社長の中鉢氏と副社長の井原氏を更迭し、社長を兼務するとともに4人の若い経営幹部で新しい経営チームを結成したばかりであった。社長兼務に対して社内外から疑問や批判が起きていたこともあって、ストリンガー氏は強力な応援団として小林氏を必要としたのであろう。

 ※小林氏、取締役会議長で指名委員会議長(要職でもある。

 コーポレイトガバナンスの強化の一環として執行役員制の導入、委員会等設置会社への移行とソニーでは踏み進んできたつもりなのだろうが、実際にはストリンガー氏が社外取締役を「取り込む」ことで容易に「独裁体制」を敷くことに繋がった。社内外からストリンガー氏対する批判がどれほど巻き起ころうとも、社外取締役さえ押さえておけば、味方に付けておけば、誰もストリンガー氏の会長兼CEOのポストを脅かせないシステムになってしまっていたからである。

 しかし今回は、経営が結果責任である以上、業績の悪化が続けば、いつまでもストリンガー氏の会長兼CEOの続投を許すわけにはいかない。つまり、少しでも「まともな」社外取締役がいれば、そして彼らが数人も集まれば、ストリンガー続投に対する大きな反対勢力になった。もちろん、社外取締役を名誉職と考えている人物もいたようで、いくら組織を整えても、社外取締役の意識が低ければどうしようもない。

 2005年以来、「エレキ(事業)の復活なくしてソニーの復活なし」「テレビ(事業)の復活なくしてソニーの復活なし」をスローガンに掲げてきたストリンガー体制にとって、2013年3月期の連結業績でテレビ事業の8年連続営業赤字、最終損益の4年連続赤字という看過出来ない業績不振を前にしては、まともな社外取締役から経営責任を求める声が出るのはやむを得なかった。そして、そのまともな社外取締役のガバナンスが利いて、ストリンガー氏のCEO続投は拒否されたのである。

 ソニーのコーポレイトガバナンス強化の一連の取り組みが私たちに教えているのは、その形式(経営の執行と監督の分離など)の妥当性ではなく、その形式に至った精神を遵守する人材を社外取締役に選ぶ大切さである。また、ストリンガー氏の強烈な応援団である外国人社外取締役が3名と少なかったことも幸いした。