日経ビジネスオンラインに掲載されたソニー元会長兼CEO、出井伸之氏への反論

出井伸之ソニー元CEOが語る「ガバナンス先進企業」の真実
 モノ作りのガバナンスはもはや通用しない

 2012年3月19日 月曜日 白石 武志

 1970年から社外取締役を導入するなど、日本企業のコーポレートガバナンス企業統治)改革をリードし続けてきたソニー。2003年には日本企業の先陣を切って委員会等設置会社(現在は委員会設置会社)に移行し、大いに注目を集めた。

 しかし、2012年3月期は主力のエレクトロニクス事業の不振で4期連続の最終赤字に転落する見込みとなるなど、過去のガバナンス改革が業績向上に結びついたとは言いがたい。社外の人材が取締役会メンバーの8割超を占める現状については、「エレキが分かる人材がいない」という批判も強まっている。

 1995年から約10年にわたって経営トップを務め、2003年に委員会等設置会社への移行を決めた張本人である出井伸之氏は今、こうした批判をどう感じているのか。話を聞いた。

―― 委員会設置会社への移行について、ソニーの社内外から批判が聞かれるようになっています。

出井:全く分かってないんじゃないかと思います。僕自身は委員会設置会社の仕組みには非常に批判的なんです。ソニーのガバナンスの変革は、委員会等設置会社(当時)に移行した2003年よりもずっと前の1997〜98年から始まっているんですよ。

 当時の法律では、取締役会は経営の「監督」と「執行」の2つの機能を兼ねていました。例えるなら、警察とそうじゃないところが一緒にやりましょうということ。それって無理があると思いませんか。

 こうした状況を抜け出すために、90年代にソニーがまず何を考えたかというと、執行機能は社内の執行役に権限委譲し、取締役がその執行役を監督するという具合に、経営の監督と執行機能を分離したんです。執行役という言葉は、この時に僕が作りました。取締役と執行役は同格で、どちらが偉いということではありません。

 ソニーが考案した名称は「執行役員」であって、「執行役」ではありません。

 執行機能を分離した後の取締役会で議論するのは、企業戦略やコンプライアンス法令遵守)などの大きなテーマに絞り込み、日常的な業務執行に関する意思決定はほとんど執行役でできるにしました。そうしないとすべての議案を今まで通り、取締役会で決めなければならなくなるためです。

 今、ソニー社内外では委員会設置会社への移行で、社外取締役が増えすぎたということばかりが指摘されているようですが、その前段として、経営の監督と執行がちゃんと分かれているかどうかということが重要なんです。ソニーのガバナンスについて批判的な人の多くは、このことを知らないんじゃないでしょうか。

 ※そんな単純な批判をしている人はいません。形式的に「経営の監督と執行がちゃんと分かれている」ことであっても、実際には機能不全に陥っている。そのことを問題にしているのです。ソニー(本社)はエレクトロニクス事業を専業とする事業会社でありながら、同時に中間持株会社であるソニー米国を始め世界各地の900社に及ぶ子会社の持株会社でもある。事業会社で持株会社でもあるソニー本社が、直接コントロールできないエンタテインメント事業(映画や音楽など)の会社をマネジメントできるはずもなく、それらはソニー米国に丸投げの状態だ。そのうえ、社外取締役にはエレクトロニクス事業に詳しい人がいないため、ソニー本社の取締役会では突っ込んだ論議も難しい。つまり、執行側の「独走」「暴走」を止められない状況にあったことが問題なのです。しかも監督側の代表である取締役会議長の小林陽太郎氏は、執行側の代表であるストリンガー氏に任期を延長してもらうなど「親しい関係」にあり、とても執行をチェックする関係にあるとは言い難かった。だから、エレクトロニクス事業に詳しくない社外取締役が増えることを問題視したのである。

「法律が僕のやったことをフォローした」

―― ソニーのガバナンス改革においては、「監督と執行の分離」が先にあった、ということですね。

出井:そうしたら法律が僕のやっていることを追いかけて、2003年に委員会等設置会社というのを作ったわけ。ただし、この委員会等設置会社の根本的な欠点は、「指名」「報酬」「監査」の3つの委員会の決定は、取締役会では覆せないということです。各委員会の決定事項を覆そうと思ったら、株主総会を開かなくちゃいけない。そんなのおかしいでしょう。

 僕は当時からこの問題点についてさんざん指摘しました。今も、委員会等設置会社というのは、最悪の制度だと思う。でも、もしソニーが委員会等設置会社に移行しなかったら、せっかく法律が監督機能と執行機能を分離した意味がなくなっちゃうというので、いやいやフォローしたんです。

 ※当時、ソニーの会長兼CEOだった人の言葉とは思えない。「今も、委員会等設置会社というのは、最悪の制度だと思う。でも、もしソニーが委員会等設置会社に移行しなかったら、せっかく法律が監督機能と執行機能を分離した意味がなくなっちゃうというので、いやいやフォローしたんです」。ソニーにとって「最悪の制度だと思う」と判断しておきながら、法制度が出来たので「いやいやフォローした」とは、いったいあなたは誰から高額な報酬をもらい、そして誰のために働いているのかと言いたい。そんな最悪な制度を導入しておきながら、反省の言葉もない。



 委員会設置会社には名前が変わりましたが、この問題点は今でも修正されていません。僕はオリックス宮内義彦さんが会長を務めている日本取締役協会の活動に参加して、その中でもこの問題点をどうすべきなのかという議論を活発にしていて、提言書も出しています。

 このほかにも、今の委員会設置会社は取締役だけでなく、執行役も含めて株主代表訴訟の対象になってしまうなどの問題点があります。だから僕自身は、1997年に実施した監督と執行の分離を中心とする改革の方が、2003年の委員会等設置会社への移行後よりも、ガバナンスの完成度は高かったと思います。

 ※ガバナンスの完成度が高かったソニー独自の「執行役員制」を止めて、委員会等設置会社へ移行した会長兼CEOの「暴走」に対する反省の色もない。悪い制度に移行したことは、ある種の「確信犯」だ。これだけでも、株主代表訴訟の対象になってもおかしくない。


―― 1990年代にガバナンス改革に取り組むきっかけは何だったのでしょうか。

出井:88〜89年にかけて、ソニーは米CBSレコードと米コロンビア・ピクチャーズという2つの米国企業を買収しました。その際に問題になったのは、米国の子会社をどうやって管理するかということです。米国の非上場企業はいわば「ジャングルの狼」。それまでのソニーの家族主義的な経営手法が通用しないのは明らかでした。

 それまでのソニーのガバナンスは多くの日本企業と同様に、各役員の権限があまりはっきりしていませんでした。しかし、米国子会社の経営を監督するには、各子会社の取締役会や役員の権限を明確にしなければなりません。このため、ソニー本体においても、経営の監督と執行の分離を加速する必要があったのです。

 もし、米国企業の買収後、それまでの仕組みを続けていたとしたら、日本企業の曖昧さと米国の非上場企業の乱脈さが相まって、今回のオリンパスよりも深刻な不祥事が起こる可能性だってあったのです。

 つまり、買収した海外子会社を含むグループ全体をどうやって掌握するかという課題が、90年代のガバナンス改革の発端だったのです。目的はグローバル企業を経営することであって、委員会等設置会社への移行がすべての起こりではないのです。

 ※複雑な企業グループになった「ソニーグループ」の経営をどうするかという問題は、出井氏がソニー社長に就任する前からの課題だった。出井氏が社長就任後、GEのようなポートフォリオ経営ではないとグループ経営は難しいという提言が社内のタスクフォースから出されたものの、それを拒否したのは出井氏である。出井氏は、あくまでもソニーが事業会社でかつ持株会社としてグループ運営を行うことに固執した。委員会等設置会社を導入する前には、日本でも持株会社が認められたが、その時でもグループ経営に採用しなかった。本来なら、ソニーホールディングスといった持株会社を設立し、その傘下にエンタテイメント事業を管轄するソニー米国、エレクトロニクス事業を管轄するソニー東京、携帯電話などモバイル事業を管轄するソニー欧州、金融事業を管轄するソニーファイナンスなどいった事業会社を置けば、グループ経営は明確になる。各事業会社には人事権や予算などを与え、持株会社は数値目標を与えるだけで何の関与もしない。もし数値目標に達成出来なければ、不採算事業になれば売ってしまうといったグループ経営をするなら、経営の監督と執行に分離するというガバナンスは徹底できる。つまり、ソニーホールディングスだけを委員会設置会社にすればいいのだ。

 日本の法律よりも先にこうした改革に取り組んだおかげで、米国子会社の経営は刷新されました。だから今、ソニーの米国子会社の経営に問題があるという話は、どこからも聞かないでしょう。

 ※「ソニーの米国子会社の経営」の問題は、しばしば指摘されています。出井氏が知らないだけです。1億人を超える個人情報漏洩問題をあげるだけで十分でしょう(下のブログ記事を参照)。ストリンガー氏の「暴走」は、ソニー米国でも問題になっており、彼を支持するのはボブ(EVP)とニコール(法務担当役員)の二人の側近だけです。

「20世紀の事業を守ることが経営ではない」

―― 今日の日本企業におけるガバナンス問題をどう分析しますか。

出井:なぜ今、ガバナンスが混乱しているのかという理由を突き詰めていくと、産業構造の転換が背景にあると思います。昔のように産業界においてモノ作りが主流だった時代には、材料を仕入れて加工していくらで売るという具合に、ビジネスモデルは非常に分かりやすいものでした。


 ところが、資本主義が発達するにつれ、IT(情報技術)や金融業界が強くなってきました。こうした産業はモノ作りとは経営の時間軸が違います。ITや金融の世界では、原価という考え方はあまり重要ではありません。例えば携帯電話にしても、端末そのものはタダで売られている場合がありますよね。何が売り上げで何がコストかということが、非常に分かりにくい世の中に変わりつつあるわけです。

 米国でエンロンワールドコムのガバナンス問題が起きたのも、こうした産業構造の転換が大きく関係していたと思います。そこで、ITや金融、サービス業界の経営を管理するために、モノ作りとは異なる、新たなガバナンスの仕組みを考えなければならなくなり、内部統制の強化などが進められてきたわけです。

 ソニーにおいても、モノ作りの売上高比率は低下し、金融やサービスの割合が高まっています。こうした複合的な事業体を監督する取締役会に金融や会計のエキスパートがいなければならないというのは、ごくごく自然な流れなのです。こうした背景を理解せずに、社外取締役が多いとか少ないとかいうのは、重箱の隅をつつくような議論だと思います。

 ※相変わらずの一般論では、ソニー固有の問題解決にはなりません。2005年、ソニーは会長と社長が同時に辞任し、社内取締役全員が退任するという前代未聞の経営体制の一新を図りました。出井氏の後任となったストリンガー氏は、新社長の中鉢氏とともに「エレキの復活なくしてソニーの復活なし」「テレビの復活なくしてエレキの復活なし」をスローガンに事業の改革に取り組みました。つまり、エレキの復活となるようなガバナンスが求められていたのです。それは、ソニー本社が事業会社であると同時に持株会社である以上は、エレクトロニクス事業に通じた社外取締役を必要としていたことも意味します。金融や会計のエキスパートばかりの社外取締役では困るのです。なのに、社外取締役の多寡は問題ではないと言われる。
 だったら、2005年の取締役会の改革で、社内取締役は会長兼CEOに就任したハワード・ストリンガー氏と社長の中鉢良治氏、副社長兼CFO(最高財務責任者)の井原勝美氏の3名と激減し、社外取締役は9名と3倍になり、社外取締役が取締役会の主導権を握ることになったのは何故か。しかも社外取締役にはエレクトロニクス事業に通じた者がひとりもいなかった。 出井氏が私に説明した社外取締役の数を社内取締役より増やした理由は、次のようなものだった。
「CEOと副社長など執行側の他の役員が取締役会で違う意見を言ったり、意見が激しく対立したら、(社外)取締役に執行側が何かまとまっていないように見えるじゃない。それはマズくて、執行側の意思がまとまっていないと向こうを説得できないんだよ」 これでは、取締役会の活発な討議など期待できない。

 ―― 社外人材を中心とするガバナンスが、エレキ事業の衰退を招いたという見方もあります。

出井:そもそも、20世紀型の事業を守ることが取締役の仕事ではありません。テレフォンとテレビというのは20世紀の遺物でしょう。テレフォンは今やスマートフォンに置き換わり、黒電話のことを言っている人はいなくなったじゃないですか。そういう意味で、テレビと黒電話っていい勝負ですよね。

 だから、次期社長兼CEOの平井一夫さんが、もし「私の使命はテレビを売って利益にすることだ」と考えて動いたとしたら、大変なことになっちゃう。テレビ事業の利益が上がったところで、ソニー全体の利益が良くなることはありません。今のソニーのCEOに求められるのは、インターネットやグリーンテクノロジーなどの新たな技術でもって、会社の体質をリフレッシュすることです。

 何も僕はモノ作りを否定しているわけじゃないですよ。僕が言いたいのは、いたずらに過去の延長線上で事業を続けていても仕方ないということです。消費者から見て、より良いものを作り続けて行く過程で、ソニーの業態が今までのカテゴリーとは違うものになったとしても、それは仕方がないと思います。

 ※18年に及ぶ私のソニー取材を振り返るなら、過去の延長線上での事業の継続に一番固執したのは出井氏自身である。とりわけ会長兼CEOの後半、ネットワークビジネスの重要性やボックスビジネスからの脱却を叫びながらも、具体的な動きに対しサポートもせず簡単に切り捨てたのは出井氏である。フェリカやコネクト・プロジェクト、ネットワークビジネスの拠点となるはずだったNACS(一種の事業部)の解散などなど、いくらでも指摘できる。

 だから、僕が平井さんに期待するのは、彼の若さと行動力。今の20〜30代が本当に喜んで働けるような環境を作って、次の時代に輝くようなソニーにするというのが彼の責任です。エレクトロニクス事業の経験が少ないとか、そういう理由で初めから足を引っ張ろうとするのは、良くないですよ。

 ※エレキ事業凋落の原因を作ったかつての経営最高責任者に、あたかも評論家のようにソニーの未来を語って欲しくないと思うのは、私だけではないでしょう。