昨年書いた4Kテレビの記事(宝島)を再録

 2012年3月期決算で、シャープ、ソニーパナソニックの大手家電メーカー3社は、テレビ事業の不振から巨額の最終赤字を出した。
 現在、世界のテレビ市場を牽引しているのは、サムスン電子LG電子の韓国勢であり、日本メーカーを追走するのはハイセンスなどの中国勢だ。韓国と中国の挟み撃ちにあって、日本は追い詰められているというわけだ。
 その最大の理由として、デジタル時代になったら技術格差はなくなるため製品の差異化が難しくなることが挙げられている。本当に技術格差がなくなったのなら、あとは価格競争しかない。高コストの日本が、韓国・中国に勝てるはずがない。
 では「家電全滅」などと騒ぐ日本のメディアは、正しいのであろうか。
 わが国でテレビ放送が始まったのは、1953(昭和28)年。モノクロ放送で受像機はブラウン管だった。国産第1号はシャープ製品で、14インチ・17万5000円。米10キロが680円の当時、テレビは極めて高額な家電製品であった。
 価格は市場の需給で決まる。当然、テレビも普及すれば、価格は下落する。その下落を緩和するのは、買い換え需要しかない。
 モノクロからカラーへ、標準(SD)放送からハイビジョン(HD)放送へ、アナログからデジタルへ、そしてデジタルハイビジョンへとテレビ放送が高画質の道をひた走り、メーカー各社はそれらに対応するテレビを競って開発した。
 このような買い換え需要を作り出すことで、ブラウン管テレビの価格は30年という緩やかなカーブを描いて下落していった。
 だが、ブラウン管テレビには物理的な問題で大画面化に限界があった。大型のブラウン管で大画面を実現したら、筐体が途方もなく巨大化するからだ。
 その問題を解決したのが、薄型テレビ(プラズマと液晶)である。たちまちブラウン管テレビを市場から駆逐し、普及していった。しかし10年程で、薄型テレビは市場で大幅な価格下落の洗礼を受ける。それは当然で、薄型テレビが実現したのは大画面化だけであって、ブラウン管テレビを凌ぐ高画質化は実現されなかったからだ。似たようなテレビが大量に市場に出回れば、価格が急落するのは市場原理である。
 テレビは「高画質・大画面」を課題としてきたエンタテイメント機器である。それゆえ高画質化、日本がもっとも得意とする「絵作り」の技術を生かし、高画質のテレビを追求すべきだったのである。
 ところが、米国発のトレンド、3Dテレビとインターネットテレビ(グーグルTVやスマートTVなど)に日本のメーカーは価格下落の歯止めを期待して飛びつく。結果は歯止めにならなかっただけでなく、在庫の山となった。これらはオプションであって、テレビの本質ではない。
 他方、国内ではフルHDの4倍密度の高画質映像、いわゆる4K映像の実現を目指し研究開発を続けていた研究所があった。
 それは、ソニー時代にデジタル高画質技術「DRC」を開発し、ブラウン管式平面テレビ「WEGA」を大ヒットさせた功労者、近藤哲二郎氏が部下たちと立ち上げた「アイキューブド研究所」である。
 デジタル時代になれば、製品の差異化は難しいという指摘に対し、近藤氏はこう答える。
「デジタル時代とは、アナログ信号をデジタル信号に変えることではなく、アナログで出来なかったことがデジタルで出来るようになることじゃないですか。だから、本当の意味でのデジタル信号処理(の技術)を開発したいと思った」
 たしかに、アナログ信号をデジタル信号へ変えるにはコンバーターを使えば、誰にでも出来る。そんなデジタル化では、商品の差異化は難しい。
 近藤氏がデジタルでしか出来ないことを私たちに初めて示したのは、前述したDRCである。
 DRCを簡単にいえば、SD映像をHDに変換するデジタル信号処理技術である。近藤氏は、アナログのSD放送全盛時代にデジタルでしか出来ないことに挑戦したのだ。
 撮影された映像はテレビ局から中継局を経由して受像機としてのテレビに届いた時には、劣化している。その劣化した映像に、いわゆるお化粧をほどこして綺麗にするのが「絵作り」の技術である。
 しかし劣化した映像にどんな細工を施したところで最初の映像に戻ることはない。そこで近藤氏は、修正ではなく「新しく映像」を作り直すことを考える。
 乱暴な言い方をすれば、標準となる体型の紙型を数種類作って、顧客の体型に一番近い紙型に採寸したサイズで調整するイージーオーダーでスーツを新調する方法に似ている。
 事前に数100種類の映像のデーターベースを作っておいて、劣化した映像が入ってきたら、それを元にして作ったハイビジョン映像と置き換えるのである。そのさい、劣化した映像と新しく作るハイビジョン映像には、本物(被写体)を介して何らかの関係がある。いわば、同じ親ならDNAなどの共通するものがあるというわけだ。それが、にあたる。
 ハイビジョン映像を作って置き換える、まさにデジタル技術でなければ、出来ないことである。
 しかしソニーは、地デジなどHD放送が主流になるとテレビの高画質時代は終わったと考え、デザインやオプションを重視し、DRCの搭載を止める。価格勝負に出たのである。
 そこで、近藤氏たちは高画質技術の研究を続けるため、2009年にソニーを退社し研究所を立ち上げたのである。
 2年後の2011年5月、研究所は、新開発したデジタル高画質技術「ICC」(統合脳内クリエーション)の技術発表を行った。
 ICCは、HD映像を4倍密度の4K映像に変換するデジタル信号処理技術である。4Kコンテンツがあっても、現在のインフラではHD映像しか伝送できない。そこで既存のHDコンテンツでも、4Kの高画質映像を楽しめるようにしたのである。 映画にしろテレビにしろ、視聴者に見て欲しい箇所に焦点を合わせて撮影する。そのため、画面上では焦点の合った箇所は綺麗だが、その他はぼけてしまう。DRCといえども焦点の合った箇所をさらに高画質にしたのであって、もともとボケている映像を焦点の合ったものにはできない。
 ところが、ICCでは画面上の映像すべてに焦点が合っていた。つまり、普段私たちが見る風景とまったく同じなのである。距離感を自然に自分の目で測ることが出来るため、奥行きが感じられるし。臨場感も伝わってくる。

 技術発表後、国内では4Kへの変換技術を持っている東芝と三菱以外のほとんどの電機メーカーが、海外では韓国のサムスンLG電子、シャープとの資本提携で話題の台湾の鴻海精密工業(ホンハイ)、テレビ事業進出に意欲的なアップルなどが公式非公式を問わず、研究所にアプローチしてきた。
 こうした動きからも4K映像、ICCに対する世界の関心の高さが窺えた。
 研究所では、役員がいち早く訪れ最初に提携を申し出たシャープをパートナーに選んだ。ここに、液晶パネル技術では世界最高レベルのシャープと、4K映像技術では最先端を行くアイキューブド研究所による4Kテレビ「ICC・LEDTV」の共同開発がスタートするのである。
 4カ月後、シャープとアイキューブド研究所はドイツで行われた世界最大の家電見本市「IFA」(ベルリンショー)にICC・4Kテレビを参考出品した。会場では海外メディアを始め関係参加者からも高い評価を得ることに成功した。
 それから1年後、今年のIFAでは「4Kテレビ」は、世界的なトレンドになっていた。日本だけでなく韓国や中国などからも2ケタ以上の出品があったのだ。ただ日本を除けば、そのほとんどの4KテレビはHDからの変換ではなくもともと4KコンテンツであるCGやアニメ、写真を4K映像として流していた。
 それに対し、シャープ、ソニー東芝の日本メーカー3社だけが、HDコンテンツを4K映像に変換する「絵作り」の技術を競っていた。4Kテレビ時代を視野に入れ、インフラ整備の遅れやコンテンツ不足に対応したものだ。
 ソニー東芝の4Kテレビは、84インチである。両社は液晶パネルを製造していないため、LG電子から購入している。LG電子の4Kテレビは84インチだから、4Kパネルを購入すると84インチのテレビになってしまう。
 それに対し、シャープは60インチにこだわる。近藤氏によれば、60インチが4Kテレビの高画質性をもっとも発揮するサイズだからだという。シャープは現在、60インチ以外の4Kテレビの発売を考えていないという。
 2013年、テレビ市場にシャープ、ソニー東芝の4Kテレビが揃う。HDから4Kへの変換技術を含む絵作りでは、日本メーカーは先頭を走っている。
 中でも、4KがたんにフルHDの4倍密度の映像ではないことを証明したシャープと研究所の「ICC・LEDTV」には、今後も注目したい。
 世界のテレビ市場を再び日本の家電メーカーが牽引する時代は近い。