セブン-イレブンの「お家騒動」に思うこと

4月19日の取締役会で、
セブン&アイ・ホールディングス(HD)は
会長兼CEO(最高経営責任者)の鈴木敏文氏の退任を正式に決めた。

鈴木氏に代わって、新しくその椅子に座るのは、
セブン−イレブン社長兼COO(最高執行責任者)の井坂隆一氏である。
100%子会社の社長が、親会社のトップになったというわけである。

そもそも鈴木氏の退任は、
彼が描いたセブン−イレブンの社長人事案が
取締役会で拒否されたことがきっかけになっている。
セブン−イレブンを創業し、日本一のコンビニに育て挙げた
鈴木氏が、自分の後継社長としてかつて選んだ井坂氏を
更迭しようとして反撃を喰らったという図式である。

表面上は親会社と子会社のトップの権力争いだが、
創業家と大株主である米国の投資ファンド「サード・ポイント」も参戦したため、
各々の思惑が交錯するなか、血なまぐさい様相を呈することになった。
そのことが社会の耳目を集め、多くのメディアで取り上げられ大騒動になったのだ。
ただし私は、その「お家騒動」の詳細に立ち入るつもりはない。

すでに経済メディを含めテレビ、新聞など多くのメディアがお家騒動」を取り上げ、「カリスマ経営者」と言われた鈴木氏の人格を含めたスキャンダル合戦化しているため、ここで論じる視点からかなり外れると感じるからだ。

私はむしろ、ここではセブン−イレブンの社長人事を題材に
私が理想とする社長(トップ)交代のあり方を改めて提示したいと思う。

企業の成長は、竹の生育と似ている
――そう思うのは、40年近い企業取材を続けてきた私の実感である。

竹は幹(竹竿)がスッと伸び、ある程度のところで節できる。
その繰り返しで竹は、天に向けて伸び続ける。
節は幹を丈夫にする役割を果たすから、
幹は折れることなく伸び続けることが出来るのである。

企業(経営)に喩えるなら、幹は順調な成長期間にあたり、
節は成長に任せて肥大した組織の整備や財務などを見直す調整機関に相当する。

私は、経営トップもまた、企業の成長に沿って
その役割を果たす資質の持ち主が順次交代すべきだと考えている。

創業期にあって、創業者は経営トップであると同時に、
最前線に立って幹部や社員と同じように苦楽を共にする同志でもある。

トップとして部下たちを鼓舞することもあれば、
同じ釜のメシを食う同志として励ますこともする。
創業者と創業メンバーは、同じ船に乗る運命共同体なのである。

しかし個人会社から有限会社、そして株式会社、上場へと企業が
成長・発展していけば、それに相応しい組織整備、人事体制、財務管理などが
必要になる。肥大化する組織にあって、個人から組織へと
動く企業に変わっていくことが肝要になるのだ。
その過程が、調整期間に相当する。

こうした「波」は、企業の成長過程に何度も訪れる。
しかし調整期間は、事業の停滞などに見えやすい。
経営トップに明確なビジョンや目指す企業像がなければ、
株主からの業績低迷の批判に怯むことなく信じる道を進むことは難しい。
そのため多くの企業経営者は株価を気にして、
目先の利益ばかり追うようになる。

ここで、鈴木氏がセブン-イレブン社長の井坂の更迭を
考えた理由から検討してみたい。

4月7日午後4時半からの記者会見の席上、
鈴木氏は社長交代の意図をこう説明している。

《私は彼(井坂社長―筆者註)を将来にわたって育てようと本人にも伝えましたし、(セブン−イレブン)副社長の古屋(一樹)君にもそのように伝えてきました。ただ彼がCOOとしての役割を果たしたかというと、一生懸命にやってくれたんでしょうが、全体としては見ると物足りなさがあったことは事実です。
それは本人にも、周りにも言ってきました。セブンイレブンの社長は、これまで最長で7年間の任期でやってまいりました。彼も7年経ちましたから、ここでひとつご苦労さんということで(退任するように)内示を出しました》

それに対し、井坂氏はその場では同意したものの、
二日後には鈴木氏の内示を拒否する意思を明らかにする。
子会社の社長が親会社のCEOに強気になれる理由は何か。

井坂氏が「週刊東洋経済」などの取材に応じて
社長続投の正当性を訴えた根拠のひとつは、
7年間の社長在籍期間中に5記連続最高益を達成したという実績である。
もうひとつは、背任行為や違反行為などなく精神的にも肉体的にも健康だから、
社長を続投するという意志である。

社外からは、米国の投資ファンド「サード・ポイント」が、
セブン&アイHDの全取締役にあてた書簡で、井坂氏の社長時代の好業績を高く評価し、
鈴木氏の後継候補として十分な人物と見なしたことも井坂氏の強気の姿勢を支えていることは想像するに難くない。

高配当や高株価による売却益を狙う投資ファンドが井坂氏を支持するのは、
目先の業績の良し悪しが自らの利益を担保するのだから、当然である。
それゆえ業績の良い時の社長を代えたくないと投資ファンドが考えるのは、
彼らの都合であってセブン−イレブンの問題ではない。

セブン−イレブンに対する明確な将来のビジョンを持ち、
そのロードマップを描ける経営者にとって、節目節目で、
その時期に相応しい人材を見出し社長を任せたいと考えるのは、
これもまた至極当然なことである。

それゆえ、ファンドとは真逆に、
社長交代は業績の良い時に行いたいと考えるのだ。
業績が悪化してからの社長交代の理由は、経営責任を取るという意味で、
三者にも分かり易い。

しかし業績が悪化してからの社長交代では、まず悪化を食い止め、
次に業績回復を目指すという二重の負荷を覚悟しなければならない。
そのため、再建が長期化したり、失敗するケースが少なくない。
直近では、シャープのケースを挙げれば、十分であろう。

つまり、業績悪化にともなう社長交代は最悪のケースなのである。
好ましいのは、業績の良い時に行うことである。

以上からセブン−イレブンのケースでも一概に、
鈴木氏が業績が好調の時に社長交代を決断したことが不適切であるとは言えない。

しかも井坂氏は、セブン−イレブンの社長とはいえ、COOである。
COOとは、CEOが下す最終的な経営判断やその方針に基づいて、
業務を執行する最高責任者のことである。

セブン−イレブンの親会社であるセブン&アイHDのCEOは鈴木氏である。
つまり、鈴木氏が最終的な判断を下し、それに基づいて井坂氏は業務を執行する
という関係にある。

そのCEOである鈴木氏が、7年間に及ぶ井坂氏のCOOとしての働きぶりを
評価して「物足りなさ」を感じると判断したわけだから、社長交代の十分な
理由になる。

正直なところ、なぜ井坂氏が一度同意した社長交代を翻意したのか、
その理由がよく分からない。

さらに今回の社長交代人事を「複雑」にしたのは、
セゾン&アイHDに今年3月から導入された「指名・報酬委員会」の存在である。
メンバーは会長兼CEOの鈴木氏と社長の村田紀敏氏、社外取締役の2人で
合計4名である。

コーポレイト・ガバナンス(企業統治)の重要性が
日本企業の間で高まるとともに、社外取締役の活用という政府の方針もあって、
社外取締役の制度を積極的に取り入れる企業が増えている。

私自身も社外取締役の活用には賛成だが、
ただ危惧するのは社外取締役に何を期待し、どのような権限を与えるかということや、
社外取締役に相応しい人物をどのようにして選ぶかという基本的な問題に対する認識が希薄ではないかと感じるられることである。

いわゆる「第三者」であれば良しという風潮には、強い抵抗感を覚える。
適材でない人物を社外取締役に迎え入れれば、
企業(経営)にとって「百害あって一利なし」である。

指名・報酬委員会の2人の社外取締役は、
ひとりは大学教授で、もうひとりは元警視総監である。
このような経営の実務経験のない2人に、経営者の見立てを委ねることが
果たして適切といえるであろうか。はなはだ疑問である。

4月5日に開催された「指名・報酬委員会」で、
2人の社外取締役は鈴木氏からの井坂社長退任を含む人事案に反対の意向を示した。
その理由は「5期連続最高益を実現した社長を辞めさせるのは世間の常識が許さない」というものだったと言われる。
要するに、投資ファンドのサード・ポイントと同じ立場である。

人事、とくに役人事では「功績には報償で報いるべきであり、地位を与えるべきではない」が定石である。その資質がない者に地位(権力)を与えることでもたらされる企業(経営)が受けるダメージを指摘し、その愚かさを戒めた言葉である。

つまり、井坂氏の社長在任期間中の実績を評価するなら、
それはボーナスなどで報いればよくて、今後の経営を託すに値する資質があるかどうかという問題とはまったく関係ないことである。

2人の社外取締役の考えは、経営の素人が陥る「常識」に他ならない。
指名・報酬委員会は、鈴木氏の提案に対し2対2で結論がでなかった。
結論の場は、2日後の取締役会へと移される。

さらに問題なのは、指名・報酬委員会で創業者で名誉会長の伊藤雅俊氏の意向が
「非常に重要」という指摘がなされたことである。

大株主とはいえ、すでに経営から退いた人物がセブン-イレブンの社長人事に影響を及ぼすことを認めることは、コーポレイト・ガバナンスの否定にならないのか。
創業家の意向を重視する2人の社外取締役の考えを、私は理解できない。

いずれにしても、
鈴木氏の井坂氏の社長交代を含む役員人事が2人の社外取締役、名誉会長の伊藤氏の賛同を得られないまま、取締役会を迎えることになったことは、あきらかに鈴木氏には不利な状況であった。

4月7日午前中に開かれた取締役会では、
鈴木氏の人事案に対し、賛成7票、反対6票、白紙2票という結果になった。
鈴木案は全取締役15名の過半数の指示が得られず、否決された。

その日の午後に開かれた記者会見で、
鈴木氏は社内の取締役から反対票が出たことは自分が信任されていないことだと考え、(CEOを)退任することを決断したと説明。
セブン&アイHD及び傘下の企業の役職もすべて退任するわけだから、
事実上の引退宣言である。

その後、セブン&アイHDは、
会長にセブン-イレブン社長の井坂氏が昇任することを発表した。

こうして、お家騒動はひとまずひと区切り付くことになった。
外から一連の騒動を見ていて思うのは、企業のトップを決めるという重要な人事が、
外部役員が入った指名・報酬委員会であれ取締役会であれ、要するに密室で決められているということである。

密室で決められる以上は、どんなに慎重を期しても「公明正大」というわけにはいかない。結局、そこには醜い「権力闘争」の傷痕が残されるだけだ。

私は、「企業は社会の公器である」という信念から、トップを含む管理職以上の「公選」で選ぶべきだと主張している。「公選制」は経営トップを含む全社員が共通の目標のもと「心をひとつ」にして働くには現段階ではもっとも適切な方法であると考えているからだ。

今回の社長交代人事案をめぐる騒動では、鈴木氏が自分の息子を社長に据えるための人事案だっため、それを阻止した社外取締役を高く評価するメディアもあるが、私はそうは思わない。

指名・報酬委員会および取締役会で、鈴木氏が子息を社長に据える人事案を提出し、
それを阻止したのなら、社外取締役の高評価は妥当なものであろう。

しかし鈴木氏が「世襲」を図ろうとしたというのは、いわゆる「噂」にすぎない。その噂を根拠にして、井坂氏や彼を推した創業家社外取締役の行動を評価することに私は汲みしない。

セブン−イレブン社長の交代をめぐる一連の騒動を、いま一度冷静に見つめ直し、そこから何を私たちは学ぶべきかを考えることが一番有意義な気がしてならない。