『日本企業が社員に「希望」を与えた時代』(七つ森書館)を上梓した理由

5月22日に『日本企業が「希望」を与えた時代』を上梓する。
この作品は、いままで私が書いてきたテーマ設定や執筆の経緯が少し違う。というか、初めての経験といってもいい。そこで、その経緯と私の意図を少し説明をしておきたいと思う。
それまでのテーマ(企画)は、取材を進める過程で出てきた疑問点や問題点を一度集め、そこから共通項を抜き出し、体系づけるところから設定してきた。とくに、キーワードとなる疑問を見出すことに腐心した。たとえば、講談社ノンフィクション賞を受賞した『覇者の誤算 日米コンピュータ戦争の40年』(日本経済新聞社)では、私の処女作『復讐する神話 松下幸之助の昭和史』(文藝春秋)の取材過程で出てきたひとつの疑問、「なぜ日本市場だけが、コンピュータ業界のガリバーと呼ばれ、世界市場の70%以上のシェアを持つIBMの支配から逃れることができたのか」、というものだ。つまり日本のコンピュータ市場では、IBMのシェアはトップであっても、50%以下であった。それもやがて、国産メーカーの富士通に首位の座を奪われる。
当時、ガリバー・IBMに対し、「モスキート(蚊)」と揶揄されるほど小さな国産メーカーだったのに、どうして富士通NECなどはIBMは立ち向かうことを選び、そして勝つことができたのか。そのひとつの疑問が、『覇者の誤算』を私に書かせる理由になったものである。
しかし今回の『日本企業……』は、そうした疑問から生まれたものではない。
偶然知り合った大学を卒業して3年目を迎えた青年が、いまも就職活動をしているという。理由を訊くと、既卒3年は新卒と同じ扱いするように政府から通達があったので、3年間は頑張ろうと思っているという。では、実際はどうなのか、と改めて訊ねると、「僕が甘かったのです」といい、「新卒ブランドがいかに強いかを教えられました。既卒3年を新卒扱いするなんてウソでした」と諦め顔で話してくれた。
東京六大学のひとつの私大出身の彼は、一流企業や有望な企業の片っ端からエントリーしたものの、合格することはなかった。彼が大好きな企業のひとつにソニーがあった。そこで感想を尋ねると、「ソニーは学歴無用論や出る杭を求む、などで有名な会社ですが、実際は学歴重視でしたし、杭は杭でも打ちやすい杭を求めていると思いました。ソニー限らず企業は多様な人材を求めるといいつつも、実際は黙って言う通りになる人材を求めているのだなと思いました」というものだった。
正直なところ、ちょっとショックだった。
そこで「平均的な」大学の「平均的な」学生 が就活を通じて、現実の企業の姿をどう見たのか、そして企業が求める人材とはどのような就活生だと感じたのかを知りたいと思った。企業取材が30年以上にもなる私にとって、結局、企業の興隆は「人」によって決まる場面に幾度となく立ち会ってきたからである。
いろんな就活生がいたし、置かれている状況も様々だった。
しかしひとつだけ共通する問題意識、というか彼らの不満があった。それは就活を通じて企業(面接などの担当者)から自分たちは正当な評価を受けなかったという不信感である。合格しなかったからとか、自分の能力を認めなかったということではなく、異口同音に「ひとりの人間」として扱ってくれなかったというものである。ある就活生は「部品か、駒のように扱われた気がする」と憤りを口にしたほどだ。
たしかに、いまの企業(経営者)は業績不振や何か問題が起これば、ただちに「構造改革」を断行しましたと自慢気に発表する。自分たち経営側の不手際や失敗の責任を負うことなく、社員に対してクビ切りという形で済ませることが多い。しかも社員を「コスト」としか考えないから、固定費の大部分を占める人件費の削減に安易に走る。対象となるのは年齢と勤務年数である。給料の高い社員から辞めさせようとするのだ。
しかしその社員が一人前になるまで、どれだけ投資したかを忘れている。そのリターンをとることなど考えはしない。そのため、キーパーソンと呼ばれる人材まで流出し、韓国・台湾、中国企業は容易く優秀な人材を手にすることになる。その結果は、日本の家電産業が崩壊の道を辿っていることからも分かる。
どうして、そんな自滅行為をするのか、ずっと理解できなかった。
そこで私は、日本企業の経営者、経営手法がいつから変質したのか、どのような過程を経ていまのような体たらくな状態になってしまったのかを遡って検証してみたいと思った。
社員を「ひとりの人間」として扱い、彼らの才能を引き出すことで企業が輝いた時代があったはずだと思い、それがなぜ可能だったのか、ももう一度考えてみたいと思ったのである。
あらかじめ決まったテーマがあったのではなく、ささやかな経験から疑問を生じ、それを見直す過程で自分が書かなければというモチベーションに導かれて、今回の作品が完成したのである。途中、体調を崩し、数ヶ月にわたって1行も執筆できない時もあったが、どうしても「いま」書かなければ、必ず後悔すると思いが私を突き起こし、なんとか脱稿することができた。
書き終えて思ったことは、いまの学生は覇気がないとか草食系だとか揶揄する前に、自分の姿を鏡に映して見たらと思った企業の幹部や役員、社長などの多さに気づいたことである。あまりに就活生が不憫でならなかったので、普通は取材対象者と距離を置くようにしているが、今回初めてその禁を破って、彼らを大人と認め、私が見てきた企業内部の実態を話し、「会社は、何かあっても君たちを守ってくれない」ことを覚えておくようにお願いした。そのうえで、就職先は自分の生き方、どんな人生を送りたいと考えているか、その延長線上に選ぶべきであって、一流企業だとか有名企業だとか大手企業だとか、そんな見かけで選ぶと後悔することなると例を挙げて教えた。
いままでの作品と比べて、少し作風は違うが、いまの時代には必要なのかも知れないと思い、そのまま上梓することにした。だから、企業の人よりも就活生や大学生に一番読んで糒と思っている。
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%8C%E7%A4%BE%E5%93%A1%E3%81%AB-%E5%B8%8C%E6%9C%9B-%E3%82%92%E4%B8%8E%E3%81%88%E3%81%9F%E6%99%82%E4%BB%A3-%E7%AB%8B%E7%9F%B3-%E6%B3%B0%E5%89%87/dp/4822817741/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1494525295&sr=1-1