15年前のある「建白書」

 資料整理をしていたら、未整理のファイルから感熱紙のFAX用紙が出てきた。
すっかり色褪せ、茶色に変色していたが、そこには懐かしい名前が書かれていた。

 いまから15年前、友人が新しく社長に就任したかつての上司に勤務先の会社の問題点を指摘し、その改革を求めた、いわゆる「建白書」だった。その素案を私にFAXし、意見を求めてきたのだ。私がボールペンで添削したあともしっかり残っていたが、まったく記憶にない。というか、思い出せない。失念どころか、記憶にないのだ。

 改めて熟読すると素晴らしい「建白書」だった。
 現在(当時になりますが)の直面する問題、会社が今後も発展していくうえで障害となっているものは何かをひとつづつ、具体的に提示し、その対策を提案する内容になっていた。その中で私が注目したのは、ネットワーク(インターネット)への対応と、加速する社会の変化に対応するため社長直属の戦略室を設け、社内のいろんな部門から有能な人材を集め必要な情報の収集と分析、それに基づく経営判断の重要性を指摘する箇所である。

 いまから15年前といえば、1999年。その4年前の95年にはソニーで初めて創業者および創業者グループ以外から社長が誕生していた。末席の常務からごぼう抜きで社長に抜擢されたのが、出井伸之である。当時の「ソニー天皇」と呼ばれた実力者、大賀典雄社長の決断だった。その後、出井氏はインターネットを地球に降り注ぐ隕石に喩えて、かつて死に絶えた恐竜などと同じ運命を辿りたくなければ、それに備えることの重要性を訴え、一躍社会の耳目を集めることになった。そして彼は、新しい時代のリーダーと目された。

 出井氏の影響を友人が受けたかどうか分からないが、少なくとも「建白書」は出井氏の「インターネット・隕石論」よりも、はるかに具体的な自社の問題点を指摘し、その解決策を詳細に提示していた。そのことに、私は非常に驚くとともに友人の先見性に感心した。

 いまその会社は経営難に喘ぎ、役員は報酬の減額、ボーナスの返上などの対応で役員以外の幹部のほうが年俸が高くなってしまうという笑えない状況にまで追い込まれている。当然、社員の給料も下降傾向にある。

 友人は、その後、退社しているので、彼の建白書はまったく顧みられなかったのだろう。つまり、15年間、何ら有効な対策も講じなかったのである。15年も夜郎自大を決め込めば、どんな優良な企業でも安泰ではない。そしていま、15年前に提示された問題に、その企業は悩まされ、いまなお有効な対策をとれずにいる。いわんこっちゃないと思うが、いまとなっては、その企業に出来ることといえば、その場限りの延命策しか残されていないのだろう。

 会社がダメになっていくというとは、こういうことなんだろうなと改めて思った。シャープ、パナソニックソニーという我が国の家電大手3社が経営悪化に苦しんでいる。そして、それぞれ苦肉の策で乗り切ろうと必死である。しかしきっと、この3社にも、私の友人のような先見性を持ち、具体的な処方箋を提示できる有能な人材はいたはずである。しかし彼らもまた、友人同様、彼らの意見や考えは受け入れられず、去って行くしかなかったのだろう。

 その結果が、現在の悲惨な状況である。
 人材育成、人事の重要性はいつでもどこでも叫ばれるし、誰も異論を唱えないが、「適材適所」と「信賞必罰」の2大要諦がいまなお守られてきている日本企業を寡聞にして知らない。

 結果には、必ず原因がある。
 単純なことだが、原因を突き止めていくと経営責任を問うことになるから、誰も触りたがらない。これでは、根本的な解決は期待できない。

 多くの企業が経営悪化に苦しんでいるのは、その意味では必然であり、避けられないことだったのではないかと思っている。

 個人的な感想でいえば、無能な経営者が3代続けば、どんなに栄華をきわめた世界的な企業でもつぶれる、ということだ。