校了

 2年ほど前、業界トップのヤマダ電機の取材をしていたとき、茨城県水戸市に本社を構える「ケーズホールディングス」の社長、加藤修一氏にインタビューしたことがある。社員にノルマなど課すことなく、普通にやってくれれば、それでいいという感じだった。なにしろ、モットーが「がんばらない経営」だから、それもそうかなと思った。

 その時は、何か奇麗事というか、理想論ばかりの話のようで「本当かな」という疑問を持ったものだ。その疑問が氷解することは、それ以後もなかった。ところが、縁あって雑誌に連載することになり、本格的な取材に入った。

 いまの社長は二代目だが、創業者の先代が面白かったというか凄い人だった。陸軍に志願し、中尉で終戦を迎えた人だが、何度か死ぬような目にあっていた。戦争とか実際の生き死に直面した人は、やはりどこかが違う。なにか神がかり的なところがあって、理屈を超えた考えや見方をするからだ。

 ダイエーの創業者である中内功やワコールの創業者の塚本幸一も、一兵卒で戦場に送られ、生死をさまよう経験をしている。この二人も神がかり的なところがあった。それに何よりも、腰が据わっていた。

 ケーズホールディングスは、家電量販店の「ケーズデンキ」を運営する会社であると同時に、11社の子会社の持株会社でもある。一般的には、ケーズデンキのほうが名前が通っている。この会社、驚いたことに創業以来62年間増収を続けている。減益になったことは、その間二度しかないし、赤字は一度もないという超優良企業である。関東地区を地盤としているため、全国的に名前を知れ渡っているいるとは言い難い面がある。

 それにしても、昨年のリーマンショック以降、「100年に1度の不況」という言葉が流行り、誰もが赤字でも仕方がないと認める雰囲気の中でも増収増益を達成し、来期も増収増益の予定だという。

 思わず、どうしてと言いたくなるが、先代によれば、人を大切にする会社だからだそうだ。彼の言葉で印象的だったのは、会社から大切にされていない社員がお客さんを大事にしますか、というフレーズである。たしかに、それはそうだと思った。顧客第一とか顧客主義、ユーザー目線とかなにやら胡散臭さを感じさせるのが、先代の言葉は印象的だった。当然、この会社にはリストラはない。

 リストラをしなくても、残業しなくても、週休二日で年間休日が軽く100日を超えても、会社が増収増益を続けるのなら、それでいいじゃないかと思った。別に、グローバル企業にならなくても、業界トップにならなくても。

 不思議な会社だったから、本にすることにした。
 タイトルは「がんばらない経営」。明日、校了だ。発売は来年1月下旬。

 書き上げたいまでも、こんな会社が本当にあるのだろうかと思ってしまう。いや、実在するのは取材で分かっているのだが、そう思ってしまうほど不思議な会社なのだ。こんな会社が増えるといいなと思った。